ダウン症でよかった!

episode 1-10

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普通でいること Mちゃん大好き

 

うちの子は小学校6年生で、普通クラスで勉強させていただいております。

初めは心配でしたが、お友達のMちゃんが大変よくしてくれて助かっております。

登下校時、クラスでの勉強、遠足などのイベント。

どれも、うちの子は、言い方は悪いですが、みんなにご迷惑をかけていると思います。

ある時、Mちゃんに言った事があります。

「ごめんね〜、Mちゃん。いつもうちの子が迷惑かけちゃって。」

すると、Mちゃんはそっけなく言ってくれました。

「どうして? 迷惑なんかかけてないよ。いつも一緒にいると楽しいし、普通だよ。」

・・・頭が下がる思いでした。

Mちゃんをはじめ、学校の子達は、うちの子を「普通」だと感じているようなのです。

これはすごいことだと思うんです。

母親である私さえも我が子を「普通ではない」と認識してしまっている現実。

そういえば、うちの子が前に寝る前に言っていた言葉を思い出しました。

Mちゃんといつまで一緒にいられるかなー?」

子供ながらに、自分の障がいの事、分かっているみたいなんです。

私は、布団の中で声を殺して泣いたのを覚えています。

いつまでかな。いつまで「普通」でいられるのかな。正直分かりません。でも、いつまでもMちゃんたちと一緒にいられるように、時には厳しく色々な事を教え込んでいます。「普通」の子になるのは大変なんだよ。人一倍努力している我が子がとてもいとおしいと感じる毎日です。

いつまでも普通でいられますように!

 

 

 

ディズニーランド ケンゴパパ

 

今まで色んな思い出を作ってくれたケンゴですが、一番の思い出はディズニーランドに遊びにいった時に迷子になった時のことかな。

レストランで昼食を食べた後、パパとママはお土産を買おうとショップに入ったのに、ケンゴはシンデレラ城の方に引き寄せられちゃったんだよね。

あの時はびっくりしたな。

まだ幼くて、自分の名前が言える程度だったからな。

パパとママは大勢のお客さんがいる中で恥も外聞のかき捨てて大声で「ケンゴ!ケンゴ!」を叫んで探しまくったっけ。

ママなんてシンデレラ城の方までダッシュして探したんだぞ。

でもケンゴはパパママよりお利口だったね。

最後に立ち寄ったレストランの前でじっと待っていたね。

そうだね、そこには必ず探しに行くだろうからね。

ママは思わず大泣きしてケンゴを抱きかかえたね。

パパママの思っている以上にお利口さんだったケンゴに感動したんだよ。

これからも意外性の男でいて欲しいな。

あの時は、目を離してごめんね。

 

 

 

友達 ありさママ

 

小学2年生のダウン症の娘ありさの話です。

普通小学校の支援クラスで過ごさせてもらっています。音楽・体育・給食は普通クラスに混じってやらせていただいています。といっても、音楽では上手く歌えませんし、体育では走るのが遅いですし、給食ではお箸が使えず1人フォークで食べています。

でも、そんなありさにも「友達」がいるみたいなんです。音楽の時間には、熱心に楽譜の読み方を教えてくれ、体育では伴走してくれ、給食の時には机を移動して隣で食べてくれる友達です。しかも複数の子が代わる代わる面倒を見てくれているそうです。すごく恵まれた環境だと思います。

でも、時には他のクラスの子がありさをからかう事があるようです。2年生にしては背が低いし、ダウン症特有の顔と言いますか、少し周りの子と違うからだと思います。「やーい、チビ助。」などと言われるようです。そんな時には、ありさの友達たち全員で反撃してくれるそうです。「お前には、ありさちゃんのかわいさが分からんのか!」「ありさちゃんをいじめるなら100倍にして仕返しするぞ!」「ありさちゃんは神様から特別に貰った子なんだぞ!」みんなの怒号が響きわたるようです。友達全員の力がありさにも伝わるのか、ありさは何を言われても泣きません。必ず守ってくれる友達がいるから。

そして、悲しいかな、そうして守ってくれた子が今度はいじめられていたそうです。その時です、ありさがいじめてる子の足にしがみつき、足を噛んでしまったのです。少し血が出たそうです。学校から連絡があり、急いで車で駆けつけました。先生の前で、ありさを叱りました。ありさはボロボロ泣いていました。先生にも謝って噛まれたお子さんとそのお母さんにも謝りました。

でも、学校の駐車場でありさを車に乗せるとき、ぎゅっと抱きしめました。「よくやったね!」。そう言って褒めてあげました。「ありさのしたことは先生には怒られるけど間違ってないよ。本当に良くやった」。それから、ご褒美にケーキ屋さんに立ち寄り、ケーキを買ってあげました。そして家に向かうと、家の前に人がたくさんいるのが見えました。何だろう、と思ったら、いじめられていた子やその友達たちがありさに会いに来ていたのです。その数、40人。たくさんの友達に祝福され、ありさは車から降りました。ありさは、自分が食べたいはずなのに、ケーキをいじめられていた子にあげました。そして、みんなに褒められて最高の笑顔を見せていました。私は、そんな光景を目にして、ただただ涙を拭うばかりでした。ありさの周りにはとても優しい友達たちがいます。そして、ありさも優しくなっていきます。これがダウン症の他の子にはない強みなのかもしれません。劣っているわけではないんです。もちろん劣っている面のほうが多いですが、特別優れた癒しのパワーがあるように思います。どうか皆さん、ダウン症児のいい面を見つけてあげてください。きっとあります。きっと。

 

 

 

金賞 ショッキングピンク

 

小学校1年生の息子が絵を書いてくれました。

学校の宿題です。

大好きなピンクの蛍光ペンでなんとなく四角いものを描いていました。

「車?」と聞くと、

「…うん」との返事。

多分、車ではなかったのではないかと思いました。

でも、「うん」と返事をしてくれたのは、息子のやさしさだと思いました。

その後もこの絵に熱中して夜遅くまで描き続けていました。

これには後日談がありまして、この絵、なんと学校の金賞を受賞したんです!

息子は支援学級所属です。

支援学級からの受賞は学校初です。

ましてや金賞だなんてすべての先生も生徒も父兄も予想だにしていませんでした。

タイトルは『くるま』。

受賞の理由は、車に乗った私の笑顔だそうです。

「車?」と聞いた後に息子は、車に乗った私の顔を描いていたのです。

その笑顔がいいと。

私がいつも車に乗っているのは、車が好きだからだと思っているようです。

思えば、息子が赤ちゃんのころから通院・通園でいつも車を使っていました。

自覚はないですが、息子は車に乗りながら、私が楽しく息子に話しかけたり、息子の話を楽しく聞いたりしている姿を見て「車=私の笑顔」をいう認識をしているようでした。

その絵は今、我が家の居間に金縁の額に入れて飾ってあります。

この絵を見るたびに思います。

「息子の期待を裏切るな」

どんなことがあろうと笑顔でいることの幸せ。

息子に笑顔を見せることの重要さ。

そんなことをこの絵を通して息子に教えられたような気がします。

 

 

 

牛乳 お兄ちゃんのママ

 

かつて、保育園に通っていた息子には、好きな子がいました。

ひとつ下のクラスのAちゃんです。

保育園に通い始めたころは、行くのが嫌と言って毎日駄々をこねていましたが、それが一変、毎日着ていく服をあれこれ悩んで楽しそうに通うようになりました。

遊びの時間にはいつも一つ下のAちゃんがいるクラスに遊びに行っていたようです。

そこで、おもちゃの使い方やじゃんけんの仕方など色々教えてあげていたようです。

園長さんに褒められたのは、Aちゃんだけでなく、他の子にも色々教えてあげているという点です。とても面倒見が良いらしいんです。

頼りになる男を目指しているようで、誰の相談にものってあげて、「お兄ちゃん」とみんなに呼ばれていたようです。

そんな中、一つショッキングなことが起こりました。

ダウン症の息子はAちゃんに身長で負けてしまったのです。

これは息子にはこたえたようで、保育園にも行きたくないと言い出しました。

実際、数日間保育園をお休みしました。

そんなある日、嬉しい来訪者が現れました。

AちゃんをはじめとするAちゃんのクラスの子達全員が我が家を訪ねてくれたのです。

「お兄ちゃん元気だして!」

「また一緒に遊ぼうよ!」

「もっと色々教えてよ!」

みんな口々に息子に激励の言葉をかけてくれました。

遠足がてら我が家を訪ねてくれたのです。園長の粋な計らいでした。

息子は、みんなに向かって言いました。

「もう教えることは何もない!」

…みんなシーンとしてしまいました。

息子は続けます。

「でも、みんなから学ぶことはまだある。…だから僕保育園行くよ!」

一斉に喚起の渦が巻き起こりました。

「ありがとう!」

みんな口々にお礼やら感動の言葉などをかけてくれました。

Aちゃんからは、お土産がありました。

『牛乳』です。

小さな牛乳パックを息子に手渡してくれました。

カルシウムで大きくなれよ、ということでしょうか。

一同大爆笑でした。

その後、息子は以前と同じように毎日保育園に楽しく通いました。

毎日牛乳を飲んでいました。

身長は再びAちゃんに勝ちました。

そして、卒園。

息子にとっては悲しみの卒園式でした。

息子は、普通学校の支援クラスに通うことになりました。

Aちゃんは、来年、同じ学校の普通クラスに行くでしょう。

息子は、以前のようにAちゃんのクラスに遊びにいくかもしれません。

でも「お兄ちゃん」とは呼ばれないかもしれませんね…。

難しい状況になってきました。

しかし、息子は楽観的で、毎日牛乳を飲んで万全の状態でいます。

これからどんな小学校生活になるか分かりませんが、きっと楽しいことも待ち受けていると信じて、息子を学校に送り出したいと思います。

 

 

 

K君 うさぎ

 

うちの子雅彦は普通学級で学ばせてもらっています。

今は小学5年生ですが、家が近い大親友のK君とは、5年間同じクラスです。

K君はどんな時にも頼りになります。

毎日の登下校、授業中、休み時間・・・いつでも面倒を見てくれています。

登下校時には、道草をする雅彦を温かく見守ってくれます。時々は遅刻してしまいます。でも、K君は急いで登校させようとはしません。温かく見守り、雅彦が気に済むまで道草をさせてくれます。遅刻して先生に謝ってもくれます。初めの頃、先生は少し怒りました。でもK君は言いました。

「雅彦君にとっては道草も勉強なんだ!」

先生は言いました。

「そうか、分かった。思う存分勉強させてやりなさい。その代わり、遅れた分だけ休み時間に学校の勉強を教えてやるんだぞ。」

K君はこう答えました。

「たやすい御用で」

その返答にクラスは大爆笑だったようです。

雅彦はいじめられた事がありません。

これは、すごい事だと思うんです。

理由はもちろんK君のおかげです。

K君は、雅彦に手品を教えてくれました。休み時間に、その手品をおぼつかない手先で雅彦が披露します。クラスの数人がその手品を見てくれます。どうしてもタネがばれてしまうようです。でも、クラスの友達たちは、そのばれる所が楽しくて手品を見てくれます。雅彦もばれて喜んでいます。こんな環境ってすばらしいと思います。K君に感謝ですね。

一緒の中学に行けたらいいな・・・。

 

 

 

神様のプレゼント 和人の姉

 

私は、弟が生まれたときには大喜びで病院に駆けつけました。

それまでは一人っ子だったので、弟ができて素直に喜びました。

でも、1ヶ月位したときに、お父さんに「和人は障がいがある」と言われました。

ダウン症でした。

お父さんと一緒にダウン症をインターネットで調べました。

色んなサイトがありました。

ダウン症の歴史や症状、合併症、ブログなど、色々調べました。

調べているうちにお父さんが「そんなに心配することでもないのかもしれないね」と言いました。

私はそうは思いませんでした。合併症というのが心配だったからです。

後で思ったのは、お父さんは私を安心させるためにそう言ったんだな、ということです。

それからは、家族で慰めあったり、泣いたり、笑ったり、色んな感情がぶつかり合いました。

そうした中で、和人を中心に家族が一つになっていくような体験をしました。

家族みんなが、どん底から平常心に戻り、和人の障がいを受け入れることができました。

『神様のプレゼント』とお父さんが言いました。

すると、それまで涙を見せなかったお母さんが号泣しました。堰を切ったように泣きました。泣いて泣いて「ごめんね」と言いました。

私は、「お母さんは何も悪くないよ。謝るなんておかしい。ダウン症でも大丈夫だよ。いっぱい調べたけど心配することないよ」と言い、今度は私がお母さんを安心させるためにそういっていることに気付かされました。

「家族愛が増すんです」看護師さんがそう言いました。「ダウン症の子が生まれるとその子を中心に家族が一つになるんです」、と。

色んな家族を見てきた看護師さんの言葉には重みがありました。

本当に家族愛が増しました。これから大変なこともあるとは思いますが、家族4人で何とか乗り越えていけそうです。和人、生まれてきてくれてありがとう。

合併症はありました。心臓に穴が開いており、体重が増えたら手術するそうです。でも他は極めて元気です。本当に天使のようです。神様からのプレゼント。大事に育てていきたいと思います。

お母さんは今でも時々泣きます。でも、お父さんと私が元気付けます。それと、お母さんが泣くと不思議と和人が笑います。どうしてか分かりませんが、とにかく笑うんです。

「勇気付けているのかな」お父さんはそう言います。

不思議だけど、今度は和人がお母さんを安心させているような感じです。

みんなでお母さんを支えています。一番大変なのはお母さんです。それをみんなが身をもって知り、その苦労を分かち合う。そんなすばらしい家族愛が我が家にはあります。ダウン症の子を持ったことを羨ましいという友達もいます。「いいでしょう」私の自慢です。

 

 

 

嬉しいこと 泣き虫

 

うちの子、食事のときに何を食べても「おいしー」って言ってくれるんです。「お魚おいしー! お肉おいしー! ごはんおいしー!」って。

ある日、街中で二人でショッピングしていたら、心無い言葉をいただきました。「ダウン症だからかわいくないね」。同い年くらいの子供に言われた言葉です。その子の母親はすぐ謝ってくれましたが、確実に傷つきました。二人が去った後、うちの子が言いました。「たろう君だ」。「知ってるの?」と聞くと、「音楽と体育のときに一緒にやってる」と言いました。うちの子は、普通校の支援クラスの5年生、音楽と体育は普通クラスに混じって受けさせてもらっています。そのクラスメイトだったんです。「いつもあんなこと言われてるの?」と尋ねたら、「そうだよ」。あっけらかんと答えました。私は思わず殺意が沸きました。奥歯を噛みしめ、じっとこらえました。

その日の夕飯、おなべにしました。みんなで楽しく過ごしたかったんです。主人にも言って、早めに帰宅してもらいました。普段は主人がみんなより帰りが遅く一人で食事しているので。でも今日はあんなことを言われた後だったので、事情を話し、会社を早退させてもらったんです。

家族みんなの食事は久しぶりでした。うちの子は、いつものように「おいしー!」を連発。主人ははじめて聞いたようでした。「いつも、おいしーって言ってくれてるの?」。そう聞いたら、「いつもおいしいもん」とうちの子が答えました。「嬉しいね」。・・・主人のさりげない返事になぜだか涙してしまいました。「ダウン症だからかわいくないね」・・・あの言葉が堪えたんだと思います。止め処もなく流れる涙を見て、主人が言ってくれました。「泣きたいときは思いっきり泣けばいい。泣いた分だけ幸せが訪れる。こうして家族みんなで食事ができるなんてそれだけでも幸せなのに、おいしーって言ってくれてるんだ。めげるな・・・」。言いながら主人も涙声に。でも、うちの子は泣きませんでした。決して。両親が泣いている姿を見てただひたすら「おいしー!」を連発。なんてこの子は強いんだ。泣いている場合じゃない。そう思いました。

その夜、久しぶりに畳の上に布団を敷いて川の字になって寝ました。深夜12時頃でしょうか、わが子の声がしました。涙声で「ダウン症じゃないもん・・・」と。・・・私は、トイレに入って声を押し殺して号泣しました。こんな小さな体でダウン症と闘っているんです。いつも。すると、トイレをノックする音が聞こえました。ドア越しに声がしました。「俺も泣きたい・・・」。ドアを開けると主人がトイレに入ってきました。小さなトイレの中で二人で大泣きしました。へんてこな光景ですね。でもそれがすごく嬉しかった。告知を受けたときに「大丈夫。一緒に育てよう」と言ってくれた以来の嬉しさでした。あ、あと港区のレストランで「結婚してください!」と大声で言われたのも嬉しかったな。そう思うと、嬉しいことばかりのような気がしました。

翌日、主人は早々に会社に向かい、私とうちの子は朝食をとっていました。うちの子が言いました。「昨日、二人で泣いてたね。どうして?」。私は言葉が出ませんでした。するとわが子が言います。「泣きたいときは泣けばいい、ね」。主人の真似です。「そうね。でも大丈夫。もう泣かない」。そう答えながら、涙が少し出てきました。うちの子は、泣いてるのに気付いていたのにそっとしておいてくれたんだ。二人で泣き明かすまで見守ってくれていたんだ。・・・色んな感情が駆け巡りました。うちのこの懐の深さは主人譲りかな。いや、それ以上だ! 「おいしー!」今日も食卓にわが子の声が響き渡る。

 

 

 

特別視 兄貴

 

僕の弟はダウン症です。

でも、家族で決めました。

「特別視はしない」と。

幸い、合併症がなかったので、弟は元気そのものです。

ご飯を食べるのも自分でやるようにさせています。

ぼろぼろこぼしますが、お箸で食べ物を必死に口に運びます。

一回の食事が一時間くらいかかります。

でも、特別扱いはしません。それが我が家のルールです。

トランプで遊ぶこともあります。スピードをやるんですが、手は抜きません。真剣勝負です。その甲斐あってか、弟とのスピードの対戦成績は最近五分になってきました。神経衰弱では、弟のほうが強くなってきました。

弟は、小学校の支援学級で学んでいます。でも、算数が得意で、算数の時間だけ普通学級で勉強させてもらっています。小学校に入る前にお母さんが足し算や引き算を教え込んだのが好影響だったんだと思います。「特別視されない子供に育てたい」それが母の理念です。「哀れんで欲しくない」と言うのです。弟は、確かにダウン症ですが、「だから何」とお母さんは言います。普通の子とわけへだてなく育てたいんです。普通学級ではなく支援学級になったときにお母さんは怒りました。涙を流して怒りました。「悔しい」そうつぶやきました。でも今は、毎日元気に学校へ通う弟の姿を見て、毎日、楽しそうに送り出しています。弟は、支援学級の中では一番成績がいいです。これがお母さんの自慢です。「ほらね、やっぱり優秀でしょ」そう言って喜びます。「中学は普通学級になれるかも」そんな希望も抱いています。僕もそうあってほしいと思います。

「特別視はしない」・・・家訓ですが、実際は難しいです。「特別視はしないと言っている時点で特別視なのかもしれないな」とお父さんが言ったことがあります。お母さんは少し元気が無くなりました。「普通に接する」ことの難しさを痛感しました。「普通じゃないのは事実」でも、「特別扱いはしない。普通の子と同じようにさせる。どんなに困難でも普通の子と同じようにさせる。それが特別視しないということだと思う。そうすれば、周りの人たちも特別視しなくなると思う」そうお母さんは熱弁しました。「そうだねぇ」お父さんも納得しました。「学校では特別視なんかしてないよ」僕は、自分が思うがままを伝えました。実は、算数のときお世話になっているクラスの子達に話を聞いたことがあるんです。「僕の弟のことどう思う?」と聞くと、「別に普通だよ」と言う返事が多かったです。中には、「僕より算数が得意だよ。本当に障がいがあるの?」と言う返事もありました。お母さんはそれを聞いて少し泣きました。弟を抱いて泣きました。「いい生徒に恵まれたね」そう言って泣きました。「色々聞いてくれてありがとうね」僕もお母さんに褒められました。

「特別視はしない」…難しいのかもしれません。でも、あきらめるつもりはありません。

 

 

 

癒し系アイドル 和也ママ

 

保育園の先生に「和也君がいるとクラスの喧嘩が無くなる」といわれた事があります。

友達同士が喧嘩を始めそうになると、我が子和也はおもちゃを両者に持たせて「一緒にあそぼ」と言うらしいのです。

機転が利くと言いますか、怖いもの知らずと言いますか、とにかくその場が和むらしいのです。

そして喧嘩をしていた子達が今度は、和也におもちゃを渡し、一緒に遊んでくれるのだそうです。

そんな和也は、クラスの癒し系アイドルだそうです。

いつも周りの子達に愛され、一緒に遊んでもらっています。

和也がよく言っています。

「喧嘩より遊ぶ方が楽しいもん」

確かにそうだな、と思わされます。

この子には、真実が見えているのかな、と思ったことがあります。

他の子には見えない打開策を見出す力があるのではないか。

その場を癒す魔法の力。

どう表現していいかわからないけど、悲しいかなほとんどの面で劣っている分、特別優れた点があるような気がするんです。

これからもクラスの、そして家族の癒し系アイドルでいてね。

期待してるよ!

 

 まえがき 1 11 21 31 41 51 61 71 81 91 あとがき 

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